中祖一誠

「両忘」ということばがあります。是と非、善と悪、美と醜、愛と憎などの対立を忘れ去ることをいいます。しかし、現実にはわたしたちは、これらの両者の対立、区別を離れることができかねるのが実状です。 現実の生活では、わたしたちはその都度、二つのことのいずれかを選び取って生きています。生きるということは、ある意味で行為的世界に身を置くことですから、止むをえないことだともいえます。 中国宋代の儒者、程明道のことばに、「内外両忘するに惹かず。両忘すれば則ち澄然無事なり」とあります。両者の相対的対立を断ち切ったところに、おのずから明鏡止水のすがすがしい絶対の境地が展開してくることを教えています。  しかし、この実現には肝心な一事が求められます。それは“自己を忘れる”という決意です。「無常を観ずる」こと、「吾我を離れる」ことを、この際想起すべきでありましょう。